信長マイベストの理由

最近、「功名が辻」の康豊セレクションを見返してました。康豊良かったなぁ〜。特に再登場シーンね。落ち武者姿の康豊のボサ髪、ボサ眉、浅黒い肌、ボロイ着物を見ていると、早くも坂本龍馬をイメージしてしまい、ワクワクします。うん、絶対いける!勝地くんのジョン万次郎もこの康豊系のいでたちでしたね。似合ってました。
で、康豊を見たら次は必ず信長が見たくなる。で、「敵は本能寺にあり」を引き続き視聴。
比べて観ると、うわ〜〜、全然違う!同じ月代スタイルで若々しく凛々しい姿なのは変わらないのですが、色気の量が全然違う!まぁ信長だからってのもあるだろうが、信長の動じない強い視線、そして“ため”の上手さね。そこがたまらなく色っぽい。あと姿勢ですか。武士には欠かせない己を律する毅然とした姿勢が実に上手くできている。お茶のお手前シーンは何度見ても鳥肌モノ。あの気品溢れる一礼のなんと立派なことよ!匠さんで堕ちた私にとって、あの玉木くんがこの域に達したことがなんともまぶしく、感慨深い一場面でした。
台詞回しも格段に上手くなってました。康豊からたった1年くらいしか経ってないのに、玉木宏にとってその1年は、彼の俳優暦でも一番勉強になった年だったのでしょうか。千秋や大樹、落合がありましたものね。康豊の時も、低く重い地声を生かした発声が心地よくて、よっしゃ!と思ったものの、セリフを不自然にぶった切りながら話す傾向があるのが気になってた。それが信長時には欠片も見られなかった。抑揚のつけ方も上手くなった。俳優として、確実に伸びているんですね。
「世に意見など戦場の沙汰である」
く〜〜〜!しびれる〜〜〜!!狂気の専横君主っぷりスゴス!本当に当時27歳ですか?若い俳優が偉い役を演じると、たとえ台詞回しが上手かろうと表情が上手かろうと、青臭い声ひとつで興ざめしてしまうことが実に多かったものですが、あの年であそこまで風格漂う声を出せるというのには驚きでした。千秋の時も上手かったし似合っていたけど、やはり信長という役の大きさに見合う「重みのある演技」を見せ付けられた驚きは、尋常じゃなかったです。
「見たいか。・・・見せぬ。」
に代表されるように、左馬助に話しかける時のドS入った色っぽいささやきぶりが最高っす。時に茶目っ気も入って、いわば、信長の素の部分がこの一連のツーショット場面に表現されてたってことでしょうかね?
「ただちに坂本に戻り、兵を率いて羽柴秀吉の援軍に行け!」
この腹の底から飛び出す重低音の号令、たまらーーーーん!ここまでの迫力、これも初見に近いです。部下に怒号する時と、左馬助と2人だけの会話の時のトーンの違いも実に鮮やかです。あんな台詞やこんな台詞も堂々とこなしてしまう・・やっぱ玉木氏の潜在能力はすごかった。
あの時代の和装洋装、どっちも素晴らしく着こなしてしまうのは玉木宏の強みでもありますね。若い俳優が時代劇を演じると、例え演技が上手かろうが、貧弱な着物姿ひとつで興ざめしてしまうことが実に多かったものですが(しつこくて失礼。)、玉木氏はあの素敵肩幅でもって実に堂々と着こなしてしまうんだよね。おまけに程よいなで肩ゆえに、肩肘張った青臭い若者には絶対に見えず、落ち着いて優雅な、品と風情のある和の着こなしができてるんじゃないかなぁ。
さて、唯一の心残りでもある殺陣シーン。でもいいの。ダメ出しは前回言ったし、他に楽しむ方法はいくらでもあるから。乱れ、はだけた白綸子の寝巻きの胸元。粋な黒のたすきに朱の帯!さらしのおかげか、細すぎずがっしりしたセクシーな腰つき。ふんどしチラリズムのサービスショット!(鼻血―!)なんだかんだで殺陣シーンはお楽しみがいっぱいでしたから!
本能寺奥に引き下がる間際の左馬助へのいちべつ。そして不適な笑み。ここは玉木信長、一世一代の見せ場!!決まったー!!この時の表情がドラマ中のベストでした。
切腹シーンの「是非に及ばず」を言い放った時の凄惨な表情もすっげー良かったなぁ。玉木であることを忘れてしまったよ。切腹の作法をもっと考えて欲しかったのは残念だが、時間が無い時の切腹ってあんなものなのかしらん。
と、ツラツラ再レビューしてしまいましたが、「敵は本能寺にあり」の玉木の織田信長は本当に素晴らしい出来だったのです。
借り物でない、玉木宏ならではの信長が、そこにありました。
全国の新しい玉木ファンのためにも、どうか、このドラマをDVD発売して欲しいものです。かなわなくば、せめて再放送だけでも!これが埋もれてしまうのは惜しすぎるってもんです。